広小路屋台復活???

  • 2015年02月27日
  • 中区

広小路屋台復活???

2月26日付 中日新聞朝刊 20面 市民版に
気になる記事が掲載されていました。

また 毎日新聞のネット版にも 広小路屋台復活 に関する記事が
詳しく掲載されていました。

今後の展開が気になります。


http://mainichi.jp/select/news/20150226k0000m040144000c.html
 

名古屋市長:「広小路屋台、復活を」ごみ処理など課題山積

毎日新聞 2015年02月25日 22時43分(最終更新 02月26日 10時48分)

 

名古屋市の河村たかし市長が25日の市議会2月定例会で、
市中心部の広小路通で大正から昭和期に並んだ屋台を、今夏に復活させる構想を表明した。
しかし、水道の給排水やごみ処理、トイレ設置など課題が山積しており、
担当する市観光推進室は「全く準備できておらず、今夏に間に合わせるのは難しい」と困惑。
屋台が並ぶ懐かしい光景がよみがえるかは不透明だ。

斉藤高央市議(自民)が個人質問では観光資源としてポテンシャルが高い。
復活に向けモデル事業実施を」と聞いたところ、河村市長は
「今年の夏には広小路で一杯やれるようにしよう。陣頭指揮を執り、課題を解決する」と答弁した。

議会休憩中、河村市長は報道陣に対し
「事業費はほとんどかからず、確実にもうかるのだから民間に負担してもらえばいい。
酒を飲んで人生を語り合う場にする。7月には地下鉄伏見駅から名古屋駅の笹島交差点まで広小路通の歩道に屋台を並べ、
その後は常設化を目指す」と意気込みを語った。

河村市長は答弁の前に、具体的な復活時期などを市観光推進室に知らせていなかった。
このため担当者は「寝耳に水」と驚き、「沿道の飲食店はライバルになる屋台の進出を歓迎しない可能性がある」と心配する。

市中心部を東西に走る広小路通では、かつて酒や料理などを出す屋台が並び、
最盛期は約350軒に達したとされる。そのにぎわいから、東京・銀座を散歩する「銀ブラ」に対抗し、
「広ブラ」という言葉が生まれた。しかし、衛生面が問題視され、車道の拡幅計画が出たことなどから1970年代に姿を消した。【岡大介】